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創作日記


by krauss

忘れられた約束

角度のある洞窟内の坂道を降りていくと、一番深いところには礼拝を行う空間があって、中心には祭壇と思しきものが、そのまわりには、大量の白骨が折り重なるようにして倒れていた。それらはすべて、死後数千年は経過しているようだった。おそらく、最後には集団自決したのだろう。洞窟内のひんやりとした空気が作用したのか、いくつかの白骨には、ところどころ着衣の切れ端が風化せずにへばりついていた。
少年はぼんやりとした明かりをかざしながら、丁寧に、1つ1つの骸骨を見て回った。わずかに眉間に皺を寄せたが、少年の顔に浮かんでいるのは、恐怖というより、疑問に近かった。

やがて、立派な色彩の衣を纏った白骨のそばで、少年は足を止めた。恐らく、この滅び去った一族の長であろうと思われた。
少年は腰を屈めた。その口に、耳を寄せると、骸骨の唄が聞こえてきた。

…たくさんの生贄を捧げ、神を呼び続けた。しかし雨は一滴も訪れない。
…たくさんの仲間が渇き、死んだ。神よ、なぜ我を見捨てたもうや。

恨みの唸りのようなものが、あとはただ無意味に繰り返されていた。数千年という歳月を経ても、強い思念は腐敗せず消滅せず大気を巡る。
だが一方では、洞窟の中に、憤りといったような思念は残っていなかった。そこには懇願があるのみで、彼らはただ、神の恵みを、おそらくは雨を、求めたに過ぎなかったのだろう。
そういえばこのあたりは、森があったっけ…。
少年は回想した。森が消えたことを、少年は知らなかった。森が消え、水が減り、豊かだった大地が乾き、やがて人々を死に追いやったことも。

…神よ、何故、いらっしゃらないのです?
洞窟内をゆっくりと漂っていた、かすかな言葉の残骸が、少年の瞼にぶつかった。

「ぼく、来たじゃないか」

と少年は呟いた。
だがその口調には、どこか、悔恨の情といったようなものが込められていた。
やがて、軽くため息をつくと、少年は背を向けて、一族の最後の地を後にした。
呼ばれたから来た。だが、すべては遅すぎたらしい。


洞窟を出ると、そこは炎天下の砂漠だった。
ゆらゆらとうねるはるか彼方の地平線から、点々とした足跡が続いている。少年はそこを、長い時間をかけて歩いてきたのだった。いまや、急激な温度差は60度ほどにも達していた。だが少年の顔が曇っていたのは、その暑さにやられたからではなかった。

パチン、と指を鳴らすと、それはまるで、数千のさざ波が一度に寄せるかのような音を立てて、あたり一面にサアアアアアという雨が、鮮やかな雨が、いつとも知れぬ久方ぶりに降り始めたのだった。
砂丘に隠れる生き物や百年以上も眠っていた植物の種、大気や雲、太陽までもが、この突然の雨に驚き、少年を崇め見たのだった。
しばらくの間天を見上げ、雨に打たれたままの少年は、やがて首を何度か振ると、軽く背中を丸め、そしてつまらなさそうに、もう一度指を鳴らした。降る時と同じように、ピタリと雨はやんで、来た時と同じように、少年は砂漠の砂の上に、点々とした足跡を残し、いずこともなく去っていったのだった。


                                           (おわり)




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by krauss | 2006-08-14 17:22 | 日記